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日本でラーメンが広まったのは明治時代って本当?

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日本でラーメンが広まったのは明治時代なのか。開港から中華街、南京そば、来々軒へつながる歴史を漫才でたどります。

📜 漫才台本

田中日本でラーメンが広まったのは、明治時代って本当?
とよしまその言い方やと、明治になるまで日本人が麺を知らんかったみたいやな。
田中うどんとそばが、待合室でずっと呼ばれるの待ってる。
とよしま麺は昔からあった。新しかったのは、中華風のスープと麺や。
田中じゃあ誰かが急に、日本全国へ出前したん?
とよしま最初の大きな入口は、幕末から明治の港町やった。
とよしま横浜や神戸の開港で、中国から来た人たちの食文化も入ってきた。
田中港が食文化の、USBポートになってたんや。
とよしま中華街の店では、南京そばなどの名前で、中華麺が食べられた。
田中まだラーメン本人が、芸名を決める前やな。
とよしまただしこの時点では、港町中心。全国区ではない。
田中デビューはしたけど、地方営業はまだなんや。
とよしま転機として有名なのが、明治四十三年、浅草に開店した、来々軒。
とよしま日本人向けの中華料理店で、中華そばを大衆に広めた店の一つとされる。
田中港の限定メニューが、浅草でメジャーデビュー。
とよしまその後、各地で日本の味や具材に合わせて、独自に進化していった。
田中札幌、喜多方、博多。移植された料理が、地方ごとに別キャラに。
とよしまつまり明治は、ラーメンの誕生年というより、日本で広がる入口。
田中結論。ラーメンは開港で来日し、日本各地で転職した。

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